Laizthem



□□ webNovel

・「きみとぼくの日常、或いは乖離」(創作)


登場人物
ぼく
(ぼく)
……ヒッキー。
綾峰薫
(あやみね かおる)
……彼女募集中。
伊庵伊織
(いいおり いおり)
……貴方を好きになりました。
神谷美夏
(かみや みか)
……素晴らしい人間。


 神が降りてきた。
 否、否否否。
 稲。
 ……違う違う。
 否。
 神が落ちてきた。
 神が堕ちてきた。
 神が墜ちてきた。
 一文字違うだけで意味が全然違う。ちなみに全然のあとは「ない」を付けなければならないのでこの使用は不適切である。良い子の皆も悪い子の皆も、つーか、人間皆等しく平等に真似するな。
 さて、今からぼくは何処に向かうのか?
 世界はぼくらに何も影響しない。
 国際的なネズミの正体がドブネズミだったところで、アンパンマンの正体がクローン人間、いや、クローンあんぱんだったところで、ぼくらに何も影響しない。全く、何が楽しくて、或いは何が悲しくて、人間は自ら望んでドブネズミなんぞに逢いに行くのだろうか? 全く、気が知れない。ぼくのような賢い人間はそんなところに行かないのさ。ドブネズミに逢いに行くやつなんて全員が全員ただの駄目人間できそこないだ。ただの愚者だ。賢い人間の行動は、とらのあなへ行って同人CDを大量に買って(通販可)自分の部屋のパソコンに挿入して優雅に過ごすのさ。有意義な一日を過ごすのさ。一日の大半を自分の部屋で過ごすのさ。
 大体世界なんてろくなことが無い。この間だって、そう、八月にうちの大学の学生がナイフで首を刺されるという事件が起こったんだ。
 流石は、駄目人間できそこないがつくった社会だよ。


 時は2003年、秋。
 さて、そんなふうにのらりくらりと暮らしていたぼくの部屋に、空間に、高校時代の友人が一人、訪ねてきた。
 ぼくは読んでいた本を閉じて、客人を迎え入れた。

「お前って、大学入ってから引き籠もってんな」
 秋葉原へ行きたいが為だけに千葉大理学部へ行ったぼくの友人が(しかし千葉大である。滅茶苦茶ランクが上位の一流大学である。人間信念があれば何でもとりあえずどうにかなる見本のようなやつだ)久しぶりに逢ったぼくにそう言った。
「ぼくは大学で何かを学ぶつもりは無いね。だから別に大学なんかに行かなくったって大丈夫」
 おお、強気だなぼく。ついに世界の真理を手に入れたこのぼくに、恐れるのもは金だけだ。
 なんつって。
「知ってるだろ? いや、知らないか。ぼくはね、あらゆる哲学書を読み終えた人間だよ。ぼくほど優れた文系人間はこの宇宙上には存在しないよ」
「今読んでた本が『マリア様がみてる』の男にそんなこと言われてもな。説得力ねぇよ」
 ぼくは緑色の表装(しかもアニメイトで買うと付いてくる透明なブックカバー装備済み)の文庫本を本棚に仕舞った。そこはコバルト文庫以上に電撃文庫が大量に並んでいる本棚である。
「…………はあ、お前、仮にも男なんだからさ、少女文庫は隠せよ。そんな目立つとこ仕舞うんじゃなくて」
「そういう風に少女文庫だ少女漫画だと卑下するやつは愚者の証拠だよ」
「…………はぁ」
 綾峰あやみね(この友人の名前は綾峰かおる)は、隣の漫画がギッシリ詰まった本棚に『怪盗セイントテール』があるのを見つけ、再び溜め息を吐いた。
 いーじゃん。別に。
「で、何しに来たの? 目的も無くこんなとこまで動くような人間じゃないだろ綾波は」
「綾峰だこらっ! 青い髪の少女と一緒にすんじゃねえ」
「まにあっくだなぁ。普通は赤い瞳の少女と言うんだよ」
「……おまえじゃねえよ」
 あ、ちょっと眉間にしわがよってるね。全く、このくらいで怒んなよ。高校時代、部室で『新世紀エヴァンゲリオン』全話に加え、『Air/まごごろを君に……』まで見た仲じゃないか。一緒にナデシコ劇場版『Prince of Darkness』を見た仲じゃないか。
『Air』(全年齢版ね勿論。ホントだって)をやって、共に泣いた仲じゃないか!
 ぼくらの中での流行語は『がお』だったじゃないか。黄色いハンカチを手首に巻いたじゃないか。シャボン玉を一緒にやったじゃないか。
「俺はそういうのからは卒業したんだよ」
 何故だ!
 Keyの新作、『クラナド』がまだ出てないというのに。
『ONE2〜永遠の約束〜』はプレイしたよな? あれはまだぼくらが高校生のときだぜ?
「受験生だったんだからそんなの遣ったわけないだろ」
 ガーン。
 ええ、ええぼくはプレイしてましたとも。消えた彼女をいつまでもいつまでも待ち続けましたとも。後期試験直前にだって『Routes』をプレイしてましたとも。
「なあ、本題入っていいか?」
「……いいとも」
「妙なパロディは止めろ。で、だ。あのさひっきー」
 ひっきーとはぼくの仇名である。頭文字が『ひ』だからであって、決して『引き籠もりのひっきー』ではない。決して断じてそういうわけでは無いのである。
「そろそろ俺達が大学入って一年が過ぎるわけだが、彼女の一人や二人、出来たか?」
 何を訊いてくるのだこの男は。ぼくが遠の昔に人間彼女を作ることを諦めていることを、こいつは知っているはずなのに。
 しかし、ここはあれだ。見栄を張っておくのも悪くは無い。
「89人でけた」
「嘘吐け」
 即効で反撃を喰らった。ぼくは4のダメージを受けた。ぼくは息絶えた。
 うわっ、スライム以下だ。
「なんでそう、馬鹿みたいな嘘が直ぐ吐けるかね」
「89は素数だぜ」
「だからなんだよ、莫迦者」
「うう……」
 くそ、ウマシカじゃない方の漢字を遣いやがって。そっちの字は墓みたいなんだよ。
「ま、いいや。彼女いないんだろ?」
 ぼくは首を横に振る。
「彼女、い、な、い、ん、だ、ろ?」
 ぼくは首を縦に振る。
 ああ、押しに弱いなぁ。ちょっと強く迫られると直ぐこれだ。
「じゃ、今からナンパしに行こうぜ」
 な? 一体いつからこいつは渋谷系人間になったのだ? 貴様はパンプモンか? 貴様はゴツモンなのか? 気を付けねばパタモンが進化するぞ。ヴァンデモンに殺されるぞ。
 お前は秋葉原へ行ったんじゃないのか?
「……軟派、ね」
「そう。俺もそろそろ彼女欲しいんだよ。二十歳になってもチェリーじゃ悲しいじゃんか」
「別に」
「か、な、し、い、よ、な?」
「……とっても」
 ああ、そんな。ぼくの暮らしが、ぼくの暮らしがぁ。軟派なんかに興味無いのに。
「もう少し後でいいかな?」
「うん? 何か用事あんのか? だったら早く済ませろよ」
 ぼくはいそいそとDVDを取り出しパソコンに挿入した。
「……おい、貴様、一体何を遣ろうとしている?」
 黙って見てろよ。
「『ママレード・ボーイ』を全話見るんだよ」
「な!」
「折角DVD-BOXで買ったんだ。見ない手はないだろ」
「そんな原作は8巻しかないのに一年以上放映したアニメを今から見ようとすんじゃねぇ!」
「うわ、そんなこと知ってるなんて、まにあっくだなぁ」
「…………!(ブチィ)」
 Alt+F4の同時押しで強制終了させられた。パソコンの電源も切られてしまった。コンセントも抜かれてしまった。
 うう、行くしかないのか。


 さて、街へやってきました。渋谷じゃないよ。そもそもぼくは東京になんぞ住んでないからね。ここはまごう事無き県である。日本でもっとも汚い湖を持つ浜松市である。浜松駅の赤いポストの前にぼくらは来た。
「さあ何処へ行く? 久しぶりに帰ってきたからな。懐かしいな。……なあ、おい。若者が居そうな場所って何処だ? 其処行こうぜ」
「じゃ、アニメイトかな」
 殴られた。
「でも、多分この辺りなら有楽街が一番人間が多いと思うよ」
 必死でフォローする。でも嘘じゃない。大通りの交差点は結構な込み具合だ。そのままモール街にも行ける。しかし今は谷島屋も無いし、エマーソンも潰れてしまった。寄るとこは無いな。
「まあ、なら有楽街へ行くか。シダックスもあるし、それなりに女の子も居るだろ」
 シダックスといえば高校時代、ぼくは『ガリバーボーイ』を熱唱して九十点台を叩き出したことがある。
 いや、ま、それはいいんだけど、そいうわけで、ぼくらは有楽街へ向けて歩き出した。

 浜松駅からホテルの横を通り、地下道を潜り、ヤマハからミスタードーナツのとこまで歩き、有楽街の入り口に着いた。
「よし、今からミッションスタートだ」
 独り意気込むカヲル君。こう呼ぶと怒るけど。
「いいか、先ず俺がやるから、影で見てろよ」
「ぼくはストーカーになる気は無いんだけどな」
「いいから黙って見てろ」
 そういってカヲル君は歩き出した。向かっていった先には、なんと。
 …………女の子がいる。いや、確かに女の子だが。
 どう見てもそいつは小学生だろぉ。
 忘れてた。あいつは極度のロリコンだったことを。渋谷系人間になったんだったらロリコンは、少なくとも小学生に現を抜かすのは止めろよ。
 ああ、ぼくは捕まるのか。二十歳前に捕まってしまうのか。少女誘拐で捕まってしまうのか。どっかの莫迦みたいに捕まってしまうのか…………。
「あれ?」
 しかし、杞憂だった。カヲル君はその少女を素通りし、後ろに居た女子高生風(私服の人間の年齢などぼくには解らないが、恐らく高校生くらいだろう)に話しかけた。
 ああ、良かった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 何か話しているが、ここからでは聞き取れない。リスニングテストってぼく散々だったからなぁ。
 あ、女の子が去っていく。どうやら玉砕したらしい。カヲル君はトコトコ戻ってきた。
「残念だったね。ま、これが現実なんだよ。じゃ、帰ろうか」
 ぼくはそう促した。しかし彼の炎は挫けてなどいなかった。
「うるせぇ! このまま帰れるか! おい、どっちが先にナンパに成功するか勝負だ! テメェもとっととやって来い! 俺ももう一度行ってくる!」
 おーおー、お莫迦なことに暑くなっちまって。ズカズカと再び人屑ひとごみに消えていくカヲル君。
 ……仕方ない。ぼくも適当にあしらわれてくるか。


 有楽街を一通り突っ切った。ぼくはまだ一人たりとも声を掛けていない。そもそも普通に考えて、声を掛けられたくらいでホイホイついていく駄目人間できそこないなんぞに用は無い。賢い人間はホイホイとついて行ったりしないのだ。小学校で知らない人間について行ってはいけませんと習ったからだ。
 だからぼくはもう軟派なんて止めて電気屋へ行くことに決めた。信号が赤だったので止まった。
 そのときである。
「あ、ひーくん」
 ひが頭文字の人間なんて五万といる。だからぼくのことじゃあないなと無視した。
「こら、無視すんな」
 信号が青になったので進もうとしたぼくは首根っこを掴まれた。おいおい進めないじゃないか。
 しかたないのでぼくは振り返った。
 そこには女の子がいた。
「やっほー、ひーくん。ひさしぶり」
 にかっと笑って手を振る人間。
 大学の同期の女の子だった。名前は伊庵いいおり伊織いおり。面白い名前だったので良く覚えていた。
「ああ、伊庵さん」
「後期んなってから全然大学来てないよね。どったの?」
「別に」
 別に、これといったことじゃない。ただ、なんとなく。行く気が、やる気が、失せただけだ。
「別にって、結構君の事皆心配してるよ。出席カード出すだけの授業もあるんだからさ、大学来なよ」
 そう、それだ。ぼくが、やる気が無くなったわけ。
「……ぼく、もう行くから」
 そう言って歩き出そうとしたら信号は赤になっていた。
「………………」
 しかも、追い討ちを掛けるようにぐぅぅぅぅ〜っと、腹が鳴った。
「………………」
「…………ぷっ」
 わ、笑うなよ。
「あはははは。はは、そうだね、もう12時回ってるし、ねえ、一緒にご飯食べいこっか」
 お腹が鳴ってしまった手前、何を言っても言い訳にもならず、断れなかった。
 只今の時刻は12時10分。今日は日曜だけど、平日なら二限が終わる時間だった。

 ぼくと伊庵さんはモール街まで戻ってきて、マクドナルドに入った。有楽街ではまだカヲル君が軟派活動に勤しんでいるのだろう。ご苦労なことだ。
 ぼくらは共にチーズバーガーとポテトとカフェオレを頼んだ。これはどちらかが選ぶという行為を放棄した結果である。勿論ぼくの方だけど。
「ねえ、大学も来なし何やってたの? 今まで」
 行き成りそんな核心に触れるような話題をふるなよ。危うくカフェオレを吐き出すとこだったじゃないか。
「今日に関した事を言えば、ま、高校時代の友人が訪ねてきて。一緒に街にくりだしていたんだ」
「え? じゃあ、誘ったのまずかったよね……」
「別に」
「……そればっかだね。でも、ホントに良かったの?」
「ま、今は別行動とってるからね。あいつだって人間なんだ。お腹がすけば独りで飯ぐらい摂るさ」
 正直言って、ぼくだってご飯を食べるというパーソナルな行為は独りの方が好きだ。
「じゃ、いいんだ。あたしと一緒にいても」
「うんまあ、あいつが行っていることにぼくは余り乗り気じゃないから」
 時間潰しには、ちょうどいい。
「問題ないよ」
「そっか。良かった。……ねえ」
「うん? 何?」
「やっぱり大学来ようよ」
 また、その話か。
「なんで、来なくなったの? 楽しいよ」
 煩いな。
「いいよ、教えてあげる。ぼくが大学へ行かなくなったわけ。それは奇しくもさっき君が言ったことなんだ」
「え?」
「出席カード出すだけで、レポートを出すだけで単位が取れる授業。甘っちょろくて、弱っちくて、幻滅した」
 ぼくが望んだのは、こんなんじゃない。
 ぼくが望んだのは、困難だ。
 やさしい魔法なんか、ぼくは使えないから。
「でも、ちゃんと試験で評価する授業もあるじゃない」
「そうだね。それは確かに解ってる。理由は、それ以外にもあるんだ」
「え?」
「全く違う科目タイトルなのに、内容が殆ど同じ授業があるだろ。しかも両方取らんといかん感じでさ。あんまり芳しくないよねそういうの」
「そ、それは仕方が無いんじゃ……」
「割り切れると開き直るは結果としては大して違わない。そしてぼくはどちらでもない。それだけのことだよ。それに」
「それに?」
「自分の価値観を押し付ける教授が多すぎる。自分の価値観を話すだけならいいさ。でも、それを押し付けようとする教授が大半だ。
 ぼくは、そういう駄目人間できそこないが、大っ嫌いだ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 沈黙が辺りを支配する。食事の手も、いつしか止まっていた。
 所詮、ぼくはこういう人間だ。周りの悪い部分しか見えない人間だ。黒の章を見たわけでもないのに。
 この社会は、ぼくみたいな人間が生きていくのには、とっても難しいんだ。
 辛過ぎるんだ。
 だから、困難を望んだのに……。
 あんまりだ。
「…………あ、あの、ひーくん」
 これで伊庵さんもぼくに幻滅したことだろう。いいさ、それでいい。人間は皆等しく平等に、このぼくから去っていけ。
 このぼくに、近づくな。
「あ、あの、その……」
 もう、いい。
 ぼくは、外界との関りを断つように、チーズバーガーを食べ始めた。食べ物が口に入っている間は、絶対に喋らない。それが、ぼくのルール。そのことを、前期一緒にご飯を食べたことがある伊庵さんは知っている。
 伊庵さんは何か言いたげだったが、結局喋るのを止め、同じようにチーズバーガーを食べだした。
 これで、いい。
 これで、いいんだ。
 二人いるけど、一人ずつの空間と時間。ただ、静かに食事が進んでいった。
 黙々と。
 もぐもぐと。
 食事だけが、進んでいった。


「いいご身分だなおい」
 ポテト残り3本にカフェオレ残り50mlになったところに、綾峰薫が現れた。
「……ああ、綾峰。どうした? 上手くいったのか?」
「上手くいったんなら一人でこんなとこに来ねぇよ。……お前は、上手くいったみたいだな」
「は?」
 ぼくは軟派なんかやってないんですけど。
「で、そっちの彼女は何て名前だ? 名前くらい、もう訊いたんだろ?」
 ……あ、そうか。伊庵さんのことか。
 伊庵さんはさすがにぼくよりはまだ多く残っているものの、ぼくと違って食べえる作業を中断しなかった。
 さて、ここで彼女を軟派してゲットしたと物語を捏造したところで、伊庵さんは口裏を合わせてくれそうにない。
 しかたない。怒鳴られるとは思うが素直に話すか。ぼくは軟派なんかしてなかったってことを。
「……この人はね、大学での同期なんだ。別に軟派したんじゃなくて、単純に知り合いに声を掛けただけだよ」
 正確には声を掛けられただが、細かい部分はいいだろう。
「ふーん。なんだ。そか。お前、サボってたんだ」
 ヤバい。怒鳴られるぞこれは。
「いいだろ別に。ぼくが最初っから乗り気じゃなかったくらい、お前だって解ってたじゃないか」
「うるせぇ! 知り合いなんかに逃げやがった腰抜けが」
 そこまで言うかね。こいつにとっちゃよっぽど切実なんだろうな、彼女がいないってのは。軟派作業を放棄して知り合いのとこに逃げ込んだぼく。その知り合いが女の子ってのにも、腹立ててんだろうな。
 ま、言いたいことはここで全部吐き出していけよ。軽く受け流してやるから。
 さあ来い。
「知り合いじゃ、ないわよ」
 へ? え?
 突然、伊庵さんが会話に入ってきた。どうやら食べ終わったらしい。
「知り合いじゃないって、なんだ、お前柄にもなくテレて嘘言ったのか」
 違うよ綾峰。
「いや、大学の同期。嘘じゃないよ」
「ん? でも彼女は知り合いじゃないって言ってるぞ」
 ……ああ、そうか。やっぱりさっきので伊庵さんはぼくに幻滅したんだろう。もうぼくには関りたくないって、そういうことだろ。
 解ったよ伊庵さん。そういうふうに口裏を合わせて……。
「確かに大学の同期。それは嘘じゃないわ」
 あれ? ……ああ、そっか、それは嘘吐いてもバレちまう嘘だもんな。
「じゃあ、知り合いじゃないってのは、さっき逢ってお互い同じ大学だって解ったってことか?」
 ああ、それいいね。そういう風に口裏合わせようよ。伊庵さん。
「それも違うの。えっと、そう、自己紹介しましょ。……えっと」
「ん。ああ、俺は綾峰。綾峰薫」
 なんか、二人でどんどん話が進んでいく。
 ま、いいか。
 二人で話し合って、都合のいい物語を捏造してください。
「綾峰薫さんですか。あたしは伊庵伊織。この人とは、同じ大学で同じ学部で同じ学科で同じサークルで」
 さあ、伊庵伊織はこのぼくから如何にして去っていくのか?

恋人、、です」

 …………はい?
 ちょっと待て。今、なんつった?
「ね。ひーくん」
 ウインクされた。

「なんだよお前、彼女、いるってホントだったのかよ」
 違う。
「じゃ、わりぃことしちまったな。ナンパなんかに誘っちまってさ」
 違う。
「そっか。じゃ、俺は二人の邪魔にならないように再びナンパ活動に励んでくるよ」
 違う。
「6時頃またお前ん家行くから、それまでには戻ってろよ。じゃな」
 違うんだよ。
「あ〜、俺も早く彼女欲しいなぁ」
「綾峰!」
 綾峰を呼び止めようとしたけど、あいつはスタスタと出入口へ歩いていった。出入口に差し掛かったところで、あいつはこっちに振り向き、ニカッと笑って、去っていった。
 ぼくは、残された。
 綾峰は、行ってしまった。
 唯一ぼくと、対等に話を出来た人間が、行ってしまった。
「……なんで、あんなこと言ったの?」
 ぼくは、伊庵伊織に静かに訊いた。
「あなたが、好きだから」
 伊庵伊織は、静かに返した。
 止めてくれ。
 ぼくのことを好きだなんて、言わないでくれ。
 辞めてくれ。
 ぼくのことを好きだなんて、思わないでくれ。
「あたしはあなたのことがずっと好きだったの」
「ぼくがどんな人間か、君は知らないからそんなことが言えるんだ」
 知らないんだったら、知らないままで、いてくれ。
「知らないわよ。ひーくん、自分のこと、何にも言わないから。自分の名前すら、言わないから」
 そう、ぼくは大学生活で、自分で自分の名前を使ったことが無い。いや、そもそもぼくは、他人に自分の名前を教えたことなど、無い。
 ただ、この世界には名簿と言うものがあるので、勝手に知られるんだけど……。
「でも、それでもあたしはひーくんのことが好きだよ。その所為で友情が壊れそうになったけど、それでもあたしはひーくんのことが好きだよ」
「え?」
 友情が、壊れそうに?
「だったら、やっぱり、ぼくなんかを好きになるべきじゃない」
「大丈夫。そのことは解決したから」
「そういう問題じゃ……」
「あのね、美夏知ってるでしょ」
 えっと、行き成り何の話だ?
「……知ってるよ。神谷かみや美夏みかだろ」
 かみやみか。上から読んでも下から読んでも、かみやみか。面白い名前だったから覚えていた。
「美夏ってば、ひどいのよ。あたしがひーくんのこと好きだって言ったら、なんて言ったと思う?」
「……知らない」
 知ってるわけがない。知ってたら驚きだ。
「酷いんだよ。『あの人だけはダメ、ゼッタイ。あの人とだけは付き合っちゃダメ。もしあの人と付き合うようなら、あたしは伊織と絶交する』って、そう言ったの」
「へぇ。そりゃ賢明なことだね」
 全く、訂正しようの無いほど、模範解答になるほど、その子の判断は的確だ。
「自分でそういうこと言うから、そんなこと言われちゃうんだよ。……あたし、最初は美夏もひーくんのことが好きで、嫉妬してそんなこと言ったと思った」
「だけど、違ったんだ」
「……うん。そう、違った。むしろ、あたしのことを本気で心配してくれていた。美夏は、ひーくんのことを、恐れてた」
 この子にもっと、その気持ちを伝えればよかったのに。
「『あの人は絶対伊織を、うんん、伊織だけじゃない。あの人は絶対人間なんかを幸せにはしない。あの人は絶対人間如きを見ない。あの人は平気で人間を殺せる。殺せそうな人間じゃない。殺せる人間。あの人は人間を駒とも思ってない。あの人は人間をゴミとも思ってない。人間をゴミのように思えるだけムスカの方がまだまし。あの人は、人間なんかに興味を持ってない。関心を持ってない。あの人と渡り合えるのは、同じように無関心な人間だけ。伊織じゃ絶対、あの人にダメにされる。あの人に滅ぼされる。
 だから絶対、あの人とだけは付き合っちゃダメ』」
「…………それが、神谷美夏の言葉……か」
「うん。……そう」
 全く、驚きだな。一年もしない内に、いや、後期大学行ってないから、実質4ヶ月でそこまで見抜かれるとはな。
 神谷美夏、か。
 つまり、伊庵伊織よりは、ぼくに近い人種か。
「そこまで言われて、なんで君はぼくに付きまとうのさ?」
「そこまで言われたからよ。好きな人をそこまで酷く言われたら、誰だって腹が立つわ」
 それほどまでに、ぼくに興味を持ったことが、君の不幸だ。
「良くそれで仲直りできたね」
「ええ、お陰様で。もう彼女は何も言わないわ」
 そっか。
「そっか。……そろそろ、店、出ようか。そのまま、街をブラブラ歩こう」
「うんっ」


「あのね」
「ああ」
「それでね」
「ふうん」
「うんとね」
「へえ」
 伊庵伊織が楽しそうに、嬉しそうに喋ることに、ぼくは適当に相槌を打ちながら、ぼくらは街を歩いた。
 とっても、楽しそうに。
 とっても、嬉しそうに。
 伊庵伊織は、街を、歩いた。


 6時5分前にぼくは自分の部屋に戻ってきた。ボロアパートの入口に、既に綾峰薫は立っていた。
「よお。お帰り」
「……何時から待ってたんだ?」
「あん? 十分くらい前、かな」
「そっか、寒かっただろ。部屋、入んなよ」
「ああ。その為に来たんだからな」
 ぼくと綾峰は、揃ってぼくの部屋に入った。
 お茶でも出そうかと思ってぼくは台所に立ったが、生憎とぼくの部屋にお茶っ葉という物が無かったため、水道水をコップに入れてもう既に炬燵に入っている綾峰の前に出した。
「うぃ。さんく」
 綾峰は躊躇うことなく一気に飲み干した。
 ぼくも自分の分を持って炬燵に入る。
 さて、軟派の成果でも訊いてみるか。
「どうだったの? 一人くらい、成功した?」
「うんにゃ、ダメダメだな。独りも引っ掛からねぇ。やっぱ、ダメなのかな。俺達みたいな人間は、彼女なんて輪廻転生したところでできないんだろうな」
 半ば予想着いてたけど、やっぱ、無理だったか。そうだね。ぼくたちみたいな人種は、所謂特殊というか、異端だから。
 世界に関れない、異端だから。
 やさしい言葉の一つも、吐けやしない。
「っと、そいやあお前には彼女がいたんだったよな。どうだったんだ? デート、楽しかったか?」
「別に」
「別に、か。いい答えだ。……なあ、正直に答えろよ。あの女は本気でお前の恋人だったのか?」
 実に、的確な質問だった。やっぱり、お前はいいヤツだな。綾峰。ぼくにとっては、だけどさ。
「綾峰は、本気で信じていたのかい?」
 だとしたら、傑作だ。
「は。そんな筈ないだろ。全然これっぽっちも信じちゃいなかったさ」
「いい答えだね。うん、それが正解。伊庵伊織はぼくの恋人なんかじゃないよ。だけど、解ってたんならどうして」
「どうしてあの場から退散して所謂恋のキューピッドみたいなことをしたのかってか?」
「ああ。どうしても解せないよ。君はさ」
「なんてことは無い。お前だけでも本気で恋人が出来れば良いと思っただけさ」
 ……それは、余りに、余りに愚かなこと。そんなことを。
「そんなことを、本気で思ったの?」
「ああ。思った」
「で、今、どう思ってる?」
「さあな。あれからお前らがどうなったかなんて知らねぇからな。で、結局どうなったんだ? 何したんだ?」
「……別に」
「別に、か。その分だとお前、その、なんつったけ?」
 覚えやすい名前なのに。ああ、君の脳みそってスポンジ状だっけか。
「伊庵伊織」
「そ。その女にも関心が持てなかったみたいだな」
 ぼくは、コップの水を飲み干して、言った。
「全くの無じゃあなかったよ」
「へぇ。珍しい。じゃあ、お前、これからその伊庵伊織と付き合っていけば」
「それは無理だね」
「無理? 何でだ?」
 綾峰は訊ねると同時に空のコップを差し出してきたので、一旦台所に立って、二人分の水をコップに注いで再び炬燵に入って一杯を綾峰に渡した。
「うぃ。さんく。で、無理ってどうしてだ?」
「無理って言うか、嫌だね。向こうから来ても、こっちから願い下げだ」
 つーかもう、伊庵伊織はぼくに近づかないだろう。それだけのことをやってしまた。
 いや、言ってしまった。
「何か、あったのか?」
「確かに、ぼくは彼女に関心を持った。でもそれはね、マイナス方面なんだよ」
「……お前、まさか」
「ぼくは伊庵伊織を、弾劾した」
 そして伊庵伊織を、断罪した。


 5時を回ったので、そろそろ帰ろうと、ぼくと伊庵さんは並んで浜松駅の方へ歩いていた。
「うにぃ。今日は楽しかった。ね、ひーくん」
「そう、それは良かったね」
 彼女が帰るその前に、ぼくは決断をしなければならなかった。
 このまま、何事も無かったかのように帰るか、それとも――
 そしてぼくは、決めた。
「ねえ、伊庵さん」
「うん? なに? ひーくん」
「神谷さんは、ぼくが人を殺せる人間だと、そう言ったんだよね」
「う、うん。そうだけど、それが?」
「ねえ、伊庵さん。君はさ、人間を殺すことをどう思う?」
「どうって、いけないことだとは、思うけど」
「そっか。ぼくはね、許せないんだよ」
「え?」
「ぼくはね、人間を殺すという行為が、嫌いで嫌いで仕方が無いんだ。いや、もうこれは好き嫌いの問題じゃあないな。許されないことだから。人間が人間を殺すなんて場面は、あっちゃいけない。人間が人間を殺すなんて物語りは、存在しちゃいけない。そういう奴等は皆等しく平等に地獄に堕ちるべきなんだ。いくらそいつらが謝罪しようが、そんなものはもう何の意味も持たないし、訊く耳を持つべきでもないね。それは言い分けにすらならない只の戯言でしかないから。ぼくはそのことを知っている。何故ならぼくは、人間を殺せる人間だから」
「そ、そんなこと真に受けちゃダメだよ」
「真に受けたわけじゃないよ。これは事実なんだ。ぼくは人間を殺せる」
「で、でも、そんなの想像できないよ」
「そうかい? じゃあ、こういう場面ならどうだ? もし殺人鬼か何かに殺されそうになったら、伊庵さんはどうする?」
「あ、あたしは、解らない。多分、何も出来ずに殺される」
「逆らおうとは思う?」
「それは、思うよ。ひーくんはどうなの? もしひーくんがそういう場面に出遭ったら」
「ぼくは間違いなく逆らうね。抗うね。ぼくは襲って来たやつを躊躇い無く殺すだろうね。勿論こっちが殺されるかもしれない。でも、殺してしまう場合だってあるだろう」
「そうなったらどうするの? ひーくんは、謝罪するの?」
「しないさ。ただ、自分で自分が許せなくて、自分で自分を貶して、自分で自分を弾劾して、自分で自分を断罪して、そして、地獄に堕ちるのを待つさ」
「そ、そんな……。それでも、やっぱりひーくんは人を殺せるような酷い人じゃないと思うよ」
「人は見かけに因らない。そのことを、君は知ってるかい?」
「…………うん」
「そっか、それは良かった」
 地獄の底から良かったよ。
 これで、心の底から、君を――
「……なんで、こんな話をしてるのかな? なんで、そんなこと、言うのかな? 折角、折角……」
 折角、楽しかったのにとでも言うつもりかい?
「八月にうちの大学の学生がナイフで刺された事件があっただろ? だから少し話しておきたくてね。その学生がどうなったかなんて知らないけど、生きてるのか死んでしまったのかなんて、知ったこっちゃないけど、ナイフで刺すなんて明らかに殺人行為だ。この犯人はまだ捕まってないみたいだけど、こいつにはもう謝罪なんて値しない」
「…………」
「ぼくは、何度でも言うよ。こういうことが在る限り、何回でも言うよ。人間を殺すという行為は最低最悪極まりない愚劣な行為だ。ぼくは何度でも言うよ。人間を殺せる人間、人間を殺せた人間、人間を殺そうとする人間、人間を殺そうとした人間。こいつ等は皆等しく平等に。
 ――ぼくの、、、敵だ、、
 心の底から、伊庵伊織を、弾劾できる。
 伊庵さんは、少し、悲しそうな顔をした。
 悲しそうに。
 寂しそうに。
 辛そうに。
 彼女は、言った。
「ひーくんは、凄いね。あたしは、そんなひーくんが、大好きなんだよ」
 いつしか彼女の瞳には、涙が溜まっていた。
 だけどぼくは、何もしない。
 何も語らない。
 ただ、彼女を見るだけ。
 ただ、彼女を見据えるだけ。
 ただ、彼女から目を逸らさないだけ。
「あたしは、そんなひーくんが、大好きだったんだよ。……だけど、美夏の忠告を訊くことにするよ。やっぱ、友達は大切だからね」
 ぼくは、静かに目を閉じた。
「もうひーくんとは、逢わないようにする」
 そう言って伊庵伊織は駆け出した。
 だけどぼくは、何も見ない。
 逃げる姿なんて、そんな醜い姿は、駄目人間できそこないの象徴のような姿は、見たくない。
 ぼくは、何も見たくない。
 ただ、彼女の駆けていく足音だけが、ぼくの耳に届いた。
 彼女の逃げ足だけが、ぼくの耳に、残った。
 とても小さくて。
 とても弱くて。
 とても、澄んだ音だった。
 とても、済んだ音だった。


「ふーん」
 一通りぼくは綾峰に話した。今日の出来事を。
「ふーん、か。いい返事だね」
 この出来事を訊いてまず出てくる感想が、出てくる気持ちが、出てくる言葉が、ふーんの一言。流石は綾峰だけど、それじゃあやっぱ軟派は成功するはずないよ。
「成る程ね。マイナスの方向ってのは、そういうことか。成る程成る程。でもお前、いつ解ったんだ? 大学も行ってないお前が、一体いつ気が付いたんだよ?」
「何にだよ?」
「惚けんな。一体いつ、神谷美夏を刺したのが、、、、、、、、、、伊庵伊織だってこと、、、、、、、、、に気付いたのかってことにだよ」
 へぇ、さすがは綾峰。理解してたんだ。その上で出てきた言葉がふーんとは、いやはや。
「君がマクドナルド出てってから、殆ど直ぐかな。キーワードも色々吐いてたからね。彼女。流石に五ヵ月も過ぎてたから、気が緩んでたのかもね」
 友情が壊れそうになった。
 そのことに、伊庵伊織はこう言った。
『大丈夫。そのことは解決したから』
 解決したと言った。普通こういう場合は仲直りしたと言う。しかし彼女は解決したと表現した。
 つまり、仲直り以外の方法をとったということ。
『あの人だけはダメ、ゼッタイ』
 これは、嫉妬だろうな。自分でも言ってたし。
 そして、最高の決台詞。
 これが、最強の決定打。
 これで、ぼくは確信が持てた。
『ええ、お陰様で。もう彼女は何も言わないわ』
 もう彼女は何も言わないわ、、、、、、、、、、、、
 ぼくのことでの、断定的な条件的なことに対して何も言わないのなら、そう言う。そのことに対しては何も言わなくなった、、、、、、、、、、、、、、、、、、と、普通はそう言う。
 だけど伊庵伊織はきっぱり言った。
 もう彼女は何も言わない、、、、、、、、、、、、と。
 これは即ち、もう既に神谷美夏が一言たりとも喋れないことを意味する。
「つまりお前は、殺人行為をした少女を、お前を悪く言われたから、好きな人を悪く言われたから、たったそれだけの理由で殺人行為を犯した少女を、弾劾し、断罪したわけか」
「ああ、そうだよ」
 友達なのに、友達だというのに、伊庵伊織は神谷美夏を刺した。
 友達なのに、自分にとって障壁になると解った途端、伊庵伊織は神谷美夏を排除した。
 おそらく、ナイフを突き刺す瞬間、彼女はこう思ったのだろう。
 あんたは邪魔だ。だから死になさい、と。
 それは、実に素敵な神経だ。
「でさ、結局神谷美夏はどうなったんだ? 生きてんのか? 死んでんのか?」
 そう、それがこの物語の一番の謎だろう。
 だけど。
「そんなこと、知ったこっちゃないね」
 それが、ぼくの本音だ。
「後味悪いな、謎が残ってるってのは。なあ、推測でも推察でも推理でも予測でも勘でも出鱈目でも、何でもいいから何かないのか? あとワンピースだぜ、完結まで」
 しかし綾峰はそうではない。この男は一のことは一で済ます。次へ持っていかない。その場で何もかもを解決する。
 何もかもを完結させる。
 例えそれが、間違った答えであったとしても。
 だから、ぼくは、一つだけ情報をあげた。綾峰なら、これで解決できる。
「刺された場所は、首らしいよ」
「…………そりゃ、死んでんな」
 そう、刺された場所は首。
 生きてる可能性など皆無。
「さて、答えも出たことだし、俺、帰るわ」
「帰るって……何処に?」
「千葉。だって明日大学あるし」
「今から間に合うのか? 電車の速度なんか知らないけど、9時回ってるぞもう」
 浜松から千葉って、何キロあるんだろう?
「兎に角、無茶じゃないのか?」
「無理じゃないさ。お前、俺を誰だと思ってんのさ?」
「…………そっか、そうだな。ああ、解ってる」
「ああ、それで良いんだよ。お前は。ほんじゃ、またな」
「ああ、また」
 また。再び逢おう。
 そう言って、綾峰薫は帰っていった。
 一を訊いて一を解く、完全完結の綾峰薫は、自分の空間に帰っていった。


 月曜日、ぼくは、後期始まって以来初めて大学へ行った。勉強の為じゃなく、ぼく自身の完結の為。
 ぼくは、大学の門が見える脇の茂みに身を潜めた。
 ただ、待つ為に。
 ただ、確認する為に。
 そして、待つこと十数分、二人は、大学に来た。
「やっぱり。人間を殺せた人間が悠々と今を生きてるなんておかしいと思ったんだ。日本の警察は優秀だからな」
 ぼくは、茂みの中からその二人を観察した。
 伊庵伊織と、神谷美夏を、観察した。
 楽しそうに笑う、伊庵伊織。
 嬉しそうに微笑む神谷美夏。
 そう、思った通り、神谷美夏は生きていた。伊庵伊織が殺せなかったのか、それとも神谷美夏が死ななかったのかは知らないが、神谷美夏は生きている。
 犯人はまだ捕まっていない。これは、二人して口裏を合わせたのだろう。加害者である伊庵伊織はまだ解るが、被害者である神谷美夏が口裏を合わせたということは、神谷美夏は本気で友達を救いたかったのだろう。
 なにが神谷美夏はぼくに近い人種だ。まったく、逆じゃないか。
 友達に刺されて、それでも尚友達を受け入れた神谷美夏。君は、なんて素晴らしい人間なんだろう。
 伊庵伊織は、彼女の出力器官を一つ、潰したというのに。
 神谷美夏は嬉しそうに微笑んでいる。
 そう、微笑んでいる。笑わないのだ。笑えないのだ。声に出して。
 伊庵伊織は神谷美夏のを刺した。それは、首というより喉といった方が正確だ、、、、、、、、、、、、、、、、。伊庵伊織は神谷美夏の喉を潰した。
 彼女は、もう二度と、喋ることが出来ない。
 それでも尚、友達を受け入れた。
「傑作だよな。これは」
 ぼくは、静かに茂みから抜け出て、二人に気付かれないようにそっと、大学を出た。
 一旦振り返り、二人の後姿を見て、ぼくは、大学から去っていった。

 神谷美夏。安心しなよ。君の大事な伊庵伊織はもうぼくのとこになんか来ないから。だから、安心して、二人で、この世界を……。
 友達を平気で裏切る、この残酷な世界を……。
 何をされても友達を受け入れる、このやさし過ぎる世界を……。

 ――生きて、ゆけ。


The Breakdown of Friendship is REBIRTH END.


後書き

 またダークな作品です。
 この作品は、諸に西尾作品に影響されてます。
 大学入りたてのころは西尾信者でした。今はそれほどでもないけど。
 いつの日か、オリジナルでこういう話が完璧に書けたら良いんですが、いつの日になることやら。


2003年12月07日――作:mitsuno