温暖化防止と日本―低炭素へ、列島の改造を

 

 

 よく晴れた大型連休の朝、家族で遊園地に出かけることにした。

 

 おとといもマイカーの電気自動車で遠出したばかりだが、バッテリーは満タンだ。きのう、家庭エネルギー情報管理システム(HEMS=ヘムス)の指示通り、屋根の上の太陽電池パネルからの電気で充電をすませた。

 

 家族で出発したあとは、太陽光発電がフル稼働する。留守中はほとんど電気を使わないし、蓄電池代わりの電気自動車もいない。つくった電気は送電網にどんどん流して売電する。

 

■スマートなエコ生活

 

 そのころ電力会社には、発電量が使用量を上回ったという情報が各家庭のスマートメーター(通信機能付き電力量計)から相次いでいた。電気がだぶつかないよう、自動制御システムが火力発電の出力を下げ始める――。

 

 近い将来、日本で低炭素時代が幕を開け、こんな風景が当たり前になっているようにしたい。

 

 そこに近づくための「日本型スマートグリッド(賢い送電網)」の実験がこの夏、全国4カ所で始まる。国や自治体、企業が総事業費1千億円をかけて取り組む。

 

 地域全体で自然エネルギーを活用しながら化石燃料の利用を抑え、電力の効率的で安定した供給と省エネを実現する街づくりをめざす。

 

 横浜市ではスマートメーターを2万4千世帯に置き、家庭の電力需要をもとに供給を調整する方法をさぐる。4千世帯にHEMSを入れ、個々の家庭の省エネも実践する。

 

 愛知県豊田市では、家庭で充電できるプラグインハイブリッド車や電気自動車と、蓄電機能つきのHEMSを使ってエコ都市づくりを試みる。北九州市と京都府・関西文化学術研究都市も、地域の特性を生かした実験を進めることにしている。

 

 これらの実験は、日本を「低炭素列島」に改造する第一歩である。

 

■成長戦略と一体で

 

 海外には先を行く試みもある。中国の天津市は、廃棄物リサイクルや交通システムなどを包括的にエコ化する計画だ。アラブ首長国連邦のアブダビでは、太陽エネルギーを本格的に活用し、温室効果ガスや廃棄物を出さない究極のエコ都市づくりをめざす。

 

 こうした低炭素都市には、自然エネルギー発電装置や蓄電池、スマートメーター、エコカーなどの先端技術が世界中から集まる。そこにどんな技術やシステムを並べられるかが、低炭素時代のビジネスを左右する。

 

 新たな時代に向けた大きな変革のうねりの中を日本がたくましく生き抜いていくには、大胆かつ速いスピードで国内の産業構造や社会システムを低炭素型に変える必要がある。

 

 たとえ政権が変わろうとも、低炭素化を進める大きな方針は決して変わらない。そんな揺るぎない道筋を、政府はもちろん超党派で確認し合うことによって、民間の投資や開発の動きを加速させないといけない。

 

 その羅針盤ともいえる地球温暖化対策基本法案の国会審議が始まった。

 

 政府案に加え、自民党と公明党もそれぞれ独自の法案を提出している。建設的な論戦を期待したい。

 

 与野党とも、2050年に温室効果ガスの排出を80%削減するという点では、考え方に極端な違いはない。これは気温上昇を2度以内に抑えるのに必要な数字と考えられており、昨年のG8サミットでも合意された。

 

 問題は、そこにどう至るかだ。

 

 米議会で審議中の地球温暖化対策法案には、50年まで年ごとの温室ガス削減目標が記されている。しかし、日本では、鳩山政権が掲げる「90年比25%削減」という20年の目標への道筋すら具体的には描ききれていない。

 

 社会の低炭素化は地球環境にプラスに働くだけでなく、雇用の創出や地域振興、エネルギー安全保障など、さまざまな問題の突破口となりうる。そのことを念頭に、成長戦略と一体で低炭素化の戦略を練っていきたい。

 

 日本改造のビジョンがないまま削減目標や個々の政策を議論しているようでは成功はおぼつかない。

 

■積極性が技術を培う

 

 いま、地球温暖化防止の新たな枠組みである「ポスト京都」をつくる国際交渉が難航している。

 

 昨年末、デンマーク・コペンハーゲンであった国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)で先進国と新興国・途上国が激しく対立した。その後遺症が残り、「最終合意は早くても来年のCOP17になる」という悲観的な空気も漂っている。

 

 そんな状況下で、「日本だけが温暖化対策に踏み込みすぎるのはどうか」という声も経済界にある。

 

 だが、交渉が難航しているいまだからこそ、日本が低炭素化の強い決意を示し、ポスト京都について積極的に提案していくべきではあるまいか。

 

 同時に「低炭素列島」への改造を急ぎ、その過程で培う技術やシステムを海外に広めていきたい。たくさんのメード・イン・ジャパンを国際規格にできれば、国際社会は日本の提案を無視できなくなるだろう。

 

 日本は「欧米に追いつけ、追い越せ」で経済大国になった。これからは低炭素時代に向けて自らの力で新たな道を切り開き、技術と創意工夫で世界を引っ張ることが求められる。

 

 

(C)朝日新聞 2010年5月2日