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■   二日酔いの理由   ■

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 曇りがちの空を見上げて、ため息をつく。
 つく必要はないが、つく気分ではある。
 なぜなら認めたくない憂鬱というものが、彼女の気分にしみこんでいるからだ。
 暖かい匂いが嗅覚を満たす。心なしか、味覚にもそれが作用しているように感じられる。

「……ありがとう、蓬莱」

 休憩時間に紅茶を入れるよう、人形に命令しておいた結果だ。
 カップをたぐりよせ、人差し指と親指で口元によせる。味付けもほどよい。
 椅子から立ち上がって、左にあるドアを開ける。
 暗がりの部屋に光が差し込む。
 同時に、暗がりの奥へと封じられていた眠り声が聞こえてくる。
 白と黒のコントラストが印象的な服装の少女、霧雨魔理沙。
 今は暗闇で黒がつぶされ、白のみがかすかに浮かび上がっている。
 彼女を見つめるアリス・マーガトロイドの視線は、冷たく冷静そのもの。
 黙したまま、アリスは魔理沙の眠るベッドへと歩を進める。
 途中、右の手を天井に放る。部屋の輪郭が明瞭に浮かびあがったのは、魔力による灯りがともされたせいだ。
 普段は魔法による各部屋の消灯を人形に任せている。
 が、この部屋はめったに使わない。使う客人もごくわずかで、それもほとんどが同一の客によるものだ。
 手動による点灯を行ったのは、わざわざ人形を呼ぶより自分で点けたほうが早いからだ。
 そしてたいてい、灯りの中に見つけるのは腰まで届く金髪と、どこかひねくれた少女の顔だ。
 魔理沙がこの部屋を使うということは、客人としてアリスの家に泊まっているということのみ。
 ここは、客室である。

「いい加減帰ってもらえると助かるのだけれど」

 客人に対してのアリスの態度は冷たい。
 極寒ではないが、春には遠い。
 相手が誰に対しても、それなりに距離を置く。
 自分が自分であるためには、最もよい方法だ。
 だが目の前の相手は、そんなアリスのプライヴェートな考えにいともたやすく侵入する。
 不快ではないが、心地よくもない。
 それはつまり天秤のようにどちらかの気分に傾かなければ感情を表現できないという、一種のジレンマが生じるということだ。

「残念ながらそれは出来ないな」

 寝息のフリをやめて魔理沙が受け答える。
 そんなことは百も承知とばかりにアリスは表情を変えない。
 ゆっくりと、アリスは身体を傾ける。
 むんずと音がなるわけもないのに、アリスは魔理沙を覆う毛布を手でつかんだ。
 まるでにっくき肉まんを叩き潰すかのように。つぶしたら暑い。

「暑いぜ暑いぜ暑くて死ぬぜ」
「二日酔いじゃなかったのかしら」
「いいから黙ってないと頭痛で死んでやるぜ」

 むしろゴッドボイスで浄化してあげようかしらとも考えた。
 が、わざわざ魔界から来てもらうのもなんだし、なによりイメージが違うのでアリスはその考えを打ち消した。

「あれからだいぶ経つけれど、治まってきたの?」
「それができれば私も苦労はしないしお前のところに泊まったりしない」

 この黒白は、他人の家に襲撃をかけるわりに泊り込んだりはしない。
 なにがあろうと、最終的には自分の家倉に戻ろうとする。
 例外もあるようだが、それも数少ない。
 幻想郷の東端に住む博麗の巫女、そして同じ魔法の森に住む人形遣い、そのくらいだと聞いている。
 無論、その片割れにされているのは自分のことであると、アリスが気づかないわけはない。
 魔理沙の知人には、妖怪が多い。
 自身もそうであるアリスも例外ではなく、また、魔理沙が関わっている壮観な顔ぶれを知ってもいる。
 一様でない雑多な種類の、玉石混合な妖怪達。
 昨日の宴会でも、魔理沙はいつもどおり明るく陽気にふるまい、その不均衡な安定の中を楽しんでいた。
 不安がないといえば、嘘になるだろうとアリスは推測する。
 本当に無垢ならば、魔理沙は聖人君子としてあっという間に食べられてしまうだろうから。
 不安があるからこそ、人間として妖怪にタメ口を吐くことが出来るし、同量の酒を付き合うことが出来る。
 そうして妖怪とタメをはれば、二日酔いになる。簡単なことだ。相手は容易く人間を上回る存在なのだから。
 いつも忘れる魔理沙に、酒ではない理由で、アリスはいつも頭を悩ませる。

「だから、自分にあった量を飲みなさいっていつも言ってるじゃない」
「残念ながら私の肝は蓬莱人より硬いんだ。そんじょそこらの妖怪には負ける気がないぜ」
「肝硬変にでもなってるんじゃない?」

 いつもはほどほどに抑えると聞いている魔理沙も、昨日は少々ノリがはずみすぎたようだ。

 ――なにか嬉しいことでもあったんじゃないかしらね。

 アリスが魔理沙を担いだ帰り際、霊夢はそんなことを言っていた。どこか含めるような口調で。
 宴会にはたまにしか顔を出さないアリスには、そんなノリのよい魔理沙しか印象がない。
 つまるところ、宴会に参加したアリスはいつも二日酔いの魔理沙を家に泊めることになっていた。
 今では、宴会に出たときの恒例行事となってきている。

「いつもすまないな」
「そう思うなら、あまりはしゃがないことね」

 らしくない魔理沙の謝罪に、クールな返答を返すアリス。
 そう言い放つアリスも、宴会では魔理沙と同量に飲んではいる。
 だが人間と妖怪ではそもそもの消化能力が異なる。並みの量では酔うこともない。

「いつもあんなふうに宴会のときははしゃいでいるの?」

 気になるのは、どちらかと言えばこちらのほうだった。
 飲んだ量より、飲んだ理由が、この事態を生んでいると思えるからだ。

「ん、ああ……そうだと言えばそうだが、違うといえば違うが」

 歯切れの悪い魔理沙の返答の意味。
 不思議に思いながら、それに関しての追求をすることはしない。
 二日酔いで苦しんでいるのは本当なのだから、追い討ちをするのも気がひける。
 追求しすぎて悪化したらこちらとしても迷惑ね、と考えていたかどうかは定かではない。
 まあ、アリスがそう考えるのも、なかばいつものこととのなってきている。

「それよりお前ももう少し宴会に来たらどうだ? 楽しいぜ」

 軽快な魔理沙の言葉。
 くらりと揺れる誘惑を耐えて、アリスは嫌味を言い返す。

「楽しんで毎回、魔理沙を家に泊めるわけ?」

 なぜかはわからないが、アリスが宴会に赴くときに限って、魔理沙は二日酔いにかかるほど泥酔する。
 それだけ場の空気に飲まれるからには嬉しいことがあるのだろうけれど、
 そう考えながらアリスにはその原因が思い当たらなかった。
 魔女、店主、妹、巫女……あらゆる相手を想定するが、どこにもその明確な理由は引っかからない。
 考え込むアリスに、駄々っ子魔理沙は頼みごとを一つ。

「水をくれると嬉しいぜ」

 ため息を吐いて、面倒見のよい家主は召使いを呼ぶ。

「はいはい、今持ってこさせるから。上海」

 部屋の外からゴソゴソと動く物音。ついで食器を探る音。水を流す音。

「器用な人形だな」

 状況をイメージして、魔理沙は感想を漏らす。

「酔狂だけで人形の研究をしているわけではないわ」
「魔法使いは酔狂なヤツがなるもんだぜ?」
「残念、私は生まれたときからの魔法使いだから人間の職業と一緒には出来ないわ」
「つまり生まれたときから酔狂だから、酔狂なんてわからない生真面目な性格ってことか。まったく、人生損してるぜ」
「話聞いてる?」

 絡み合った会話をするうちに、上海人形がお盆を持って入ってくる。
 その小さな――おまけに柔らかそうな――身体で支えるには、大きすぎるであろう盆との組み合わせ。
 人形が人のように動き、なおかつその身以上の力をこなす。
 見るものが見たら、不安を抱く光景だ。もっとも、この場にそんな不安を抱くものは一人もいないが。

「ありがとう上海。戻っていいわ」

 アリスの言葉で、盆を手渡した上海人形は部屋から出て行く。
 魔理沙は水を喉に流し込みながら、アリスが人形に呼びかける様子を興味深そうに見つめていた。

「なに?」

 視線が気になったアリスは、魔理沙へ疑問の言葉を投げかける。
 うーん、と少し考え込むようなそぶりの後に魔理沙は話し始めた。

「いやな。どうして人形に呼びかけたりするのかなって思ってさ」
「なにか、おかしいかしら」
「以前知り合いに聞いたことがあってな。それにお前が言っていたことでもあるんだが」

 上半身を起こし空になったコップをアリスに手渡して、魔理沙は記憶を探るように話を続ける。

「ほら、人形はお前の魔力と命令で動いているわけじゃないか。なら、あの人形はお前の意志のままに動いているわけだろう」
「正確には違うけれど、遠いというわけではないわね」

 自身の魔力を分け与え、ある程度の自律を人形に行わせる。
 上海人形などに行っているのは、そうした人形操作だ。
 魔理沙も魔法使いとして、その仕組みはなんとなく想像は出来る。
 だからこそ、聞いてみる。

「ありがとうなんて、どうして言うんだ? 自分が自分に言っているわけじゃないか。独り言みたいで、見てるこっちとしてはつらいぜ」

 なんだそんなこと、とでも言いたげな顔でアリスはため息をひとつ。

「魂がない人形でも、役に立つために生まれてきたの。労いくらいはかけてあげたいじゃない」
「労い、ねぇ」
「自分の生み出したものよ。愛着くらい、あるわ」
「……まあ、そうだよなぁ。それはわかるんだが」

 納得するようなしないような顔の魔理沙。

「それより、どうして私が独り言を言うと魔理沙がつらくなるの? 私にはそちらの方が、気になるわね」
「……寂しい人間は、独り言が多くなるっていうからな。独り身がつらいんじゃないかと思ったのさ」
「お生憎様。私は人間じゃないから、寂しくなるなんてことはないわ」
「悩みもないし、か」
「そうよ。むしろ寂しいのはあなたじゃないの?」

 冗談、苦笑混じりにそう言って魔理沙は上半身をベッドに戻した。
 少々勢いがついて頭痛が再発したのは失態だったと思わなくもない気分で、魔理沙はもう一度口を開く。

「で、だ。悪いんだがもう少しだけここにいさせてくれ」
「はいはい、治まるまでずっといなさい」

 そうして椅子から立ち上がってアリスは自室へ戻っていった。
 素直にここにいていいと、優しく言えない自分を知りながら。



 アリスはなんとなく気づいている。魔理沙が二日酔いになるのは、自分が宴会に参加したときだけだということを。
 魔理沙はなんとなく気づいている。アリスが宴会に来てくれたことに対して、素直に感謝できない自分のことを。



 宴会の後のベッドの語らいは、そんな不器用な二人の憩いの時間なのだった。

「……だからまぁ、さみしい一人遊びをするくらいなら私のところに来いっていうんだ」

 アリスが部屋を出ていった後にしかそう言えないのが、魔理沙と彼女の関係が甘いだけでない証明といえるものであった。
 あくまでいがみあうライバル関係。それが理想であり、それを保つ。
 しかし、それがひどく難しいことを知る二人でもあった。